2030年に目標達成の期限を迎えるSDGs。“SDGs”を達成しつつ、どうビジネスを切り開いていくべきなのか――。外務省でSDGs交渉官を務め、現在は三菱総合研究所でビジネスコンサルタントとしても活躍している中川浩一さんに、最先端のビジネスの動きを紹介してもらいながら、SDGsの先にある、“2050年のビジネスのカタチ”を考えます。
皆さん、こんにちは。2021年8月に始まったこのシリーズも、残念ながら最終回となります。日本ではこれから急激な人口減少の局面を迎え、人口に占める高齢者(特に75歳以上)の割合が年々増加していく中で、「介護」の担い手を確保することが喫緊の課題となっています。
今回は、それを解決するツールの1つ「介護ロボット」に焦点を当て、日本のこの先進的な知見を海外ビジネスでどのように生かしていけるか、考えたいと思います。
およそ32万人の担い手が「不足」 日本の現状は
SDGsは「すべての人に健康と福祉を」を目標の1つに掲げていますが、人生100年時代を迎える中で、「誰一人取り残さない」という理念を貫き、実現することは簡単ではありません。人間は誰しも老いるのであり、人間が一生を終えるには、誰かの支え、つまり「介護」が必要となる可能性があります。
実際、日本の要介護・要支援認定者数は2021年12月現在で約690万人で、2000年3月末の256万人と比較しても大幅に増えています(※1)。
一方、介護人材(介護する側)は2025年度末に約243万人の需要が見込まれており、2019年度の実績数字である約211万人に対して、約32万人が不足しています。つまり年間5万5000人のペースで介護人材を確保していく必要があるのです(※2)。
また、2025年以降は、日本では、生産年齢人口(15~64歳)が急減する予測もあり、ますます介護の担い手の確保が問題となります(※3)。
※1 出典:厚生労働省「令和元年度 介護保険事業状況報告(年報)」「介護保険事業状況報告(暫定)令和3年12月分」)
※2 出典:厚生労働省ホームページ
※3 出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」
介護人材の確保のためには、介護職員への処遇改善、人材の確保・育成策の強化のほか、介護現場におけるロボット技術の活用が必要です。介護ロボットによって介護業務の負担軽減を図ると同時に、介護記録の作成・保管などの事務作業をICTの活用で効率化することで、介護職員が介護業務に直接関われる時間を増やす取り組みが求められます。
(出典:三菱総合研究所50周年記念サイト「ロボットテクノロジーが変える介護2030・2040」)
ロボットやICTといった「ハード面」のみならず、サービス利用者(高齢者・家族)の心のケアという「ソフト面」もあわせた両面で取り組んでいくという「新しい介護モデル」構築の必要性についても議論が進んでいます。
移動や入浴のサポート、見守りも 「介護ロボット」の役割
ところで、皆さん、「介護ロボット」と聞いて、どういうものをイメージしますか。厚生労働省の定義によれば、ロボットは「情報を感知(センサー系)」し、「判断(知能・制御系)」し、「動作(駆動系)」するという3つの要素技術をあわせもつ「知能化した機械システム」です。
このようなロボット技術が応用され、利用者の自立支援や介護者の負担の軽減に役立つ介護機器を「介護ロボット」と呼びます。
介護ロボットにはどのようなものがあるのか、代表例を見ていきましょう。
① 移乗介助ロボット:介助者のパワーアシストを行う機器。装着型と非装着型の機器がある
② 移動支援ロボット:高齢者らの外出や屋内での移動をサポートする。屋内では特にトイレへの往復や、トイレ内での姿勢保持を支援する。転倒の予防や歩行を補助する装着型の機器もある
③ 排泄(はいせつ)支援ロボット:排泄を予測し、的確なタイミングでトイレへ誘導する機器。トイレ内での下衣の着脱といった排泄の一連の動作を支援する
④ 見守り支援ロボット:介護施設や在宅介護で使用する、センサーや外部通信機能を備えたロボット技術。転倒を検知し、自動で通報する機能もある
⑤ 入浴支援ロボット:浴槽に出入りする際の一連の動作を支援する
(国立研究開発法人日本医療研究開発機構〈AMED〉
「介護ロボットポータルサイト」をもとに作成)
このような介護ロボットは、日本では2013年ごろから、厚生労働省、経済産業省の政策指針を受け、主に中小企業が中心となって開発・販売してきました。
特に、移乗支援・移動支援・排泄支援・見守り支援・入浴支援の5分野については、すでにロボット導入の実証実験が多く行われています。
しかし全体的にみれば、介護施設へのロボット導入は進んでいるとは言えません。その理由として、使い勝手の悪さ(機器が重くて大きい、操作が難しい、用途が狭い、利用者が限定されるなど)や高額な導入費用の両面で、現場ニーズとマッチしていないことが挙げられます。さらに、一般に「介護は人の手で行うもの」という社会意識が根強く、介護ロボットに嫌悪感が抱かれてしまうことも積極的な導入を難しくしています。
介護を支える社会保障財政はひっ迫しています。(中略)その中で求められるのは、そもそも要介護状態を作らない、悪化させないことです。
(中略)要介護状態の悪化を防ぎ、介護する側の負担を軽減するために、今後は個々の介護サービスの効率化を図るだけでなく、生活自立を支援するロボットやコミュニケーションロボット、ならびに介護業務全体を最適化しうる情報収集可能なセンサーシステムなどを早急に普及させていくことが必要です。
(出典:三菱総合研究所50周年記念サイト
「ロボットテクノロジーが変える介護2030・2040」)
ロボットは現場の業務を補完する役割と同時に現場から情報収集をする「センサー」の一部でもあって、センサーから得られたデータを活用することで、より、最適化できる可能性があるのです。