居酒屋の〆が原点 味もデザインも変えない「お茶づけ海苔」

居酒屋の〆が原点 味もデザインも変えない「お茶づけ海苔」

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「おいしいお茶づけを、家庭で手軽に楽しめたら」

永谷園の創業者・永谷嘉男の思いから誕生した「お茶づけ海苔」は、今や累計270億食を超える大ヒット商品となっている。

多くの人に長年愛されるヒット商品を取り上げる「ロングセラーの秘伝」。今回は永谷園の「お茶づけ海苔」です。

永谷園の「お茶づけ」レギュラーシリーズ(左から海苔、さけ、梅干、わさび、たらこ)=写真はいずれも永谷園提供
永谷園の「お茶づけ」レギュラーシリーズ(左から海苔、さけ、梅干、わさび、たらこ)=写真はいずれも永谷園提供

1952年の発売以来、老若男女問わず愛され続けている理由について、マーケティング本部・業務統括室長の山川真史さんは「変わらぬ味を保ち、(歌舞伎の舞台などで使われる三色の幕をイメージした)定式幕のデザインを定着させたこと」だと語る。

居酒屋のお茶漬けを家庭でも

永谷園のルーツは江戸時代中期までさかのぼる。

京都・宇治で茶業を営む永谷宗円は、15年の歳月を経て現在の煎茶製法に通ずる「青製煎茶製法」を生み出し、一般庶民でもおいしいお茶を楽しめるようになった。

煎茶の普及に大きく貢献した功績から、永谷宗円は「日本緑茶の祖」と称され、現在では生家に隣接する茶宗明(ちゃそうみょう)神社にまつられているという。

 

そんな永谷宗円の家系を代々受け継ぎ、8代目に当たる永谷延之助が東京の芝・愛宕町(現 港区西新橋)に茶舗「永谷園」を構えた。1905年(明治38年)のことだった。

由緒ある京都のお茶屋が上京し、茶業を東京で広めていくなか、9代目の永谷武蔵(たけぞう)は茶業の傍ら、昆布茶やふりかけ、アイスグリーンティーなど、さまざまな新商品の開発に取り組んだ。

なかでも、刻み海苔や抹茶、食塩などにお湯をかけて飲む「海苔茶」の評判がよく、人気商品として愛されていたという。

永谷園創業者の永谷嘉男氏
永谷園創業者の永谷嘉男氏

10代目の永谷嘉男(永谷園創業者)はアイデアあふれる発想で次々と新しい商品を生み出す父(武蔵)の姿を見て育った。

一時期、第2次世界大戦の影響で看板を下ろすことを余儀なくされたが、終戦後に茶舗を再開した嘉男。

アイデアマンの父に感化され、お茶を売るだけでなく代用しょう油や紙袋の販売など、さまざまな商売を手がけた。

 

「みんなに喜ばれるような、一風変わったことをしたい」

こうした思いが嘉男を突き動かしたのだ。

 

しかし、いろんな商売に手を出すものの、なかなか長続きしない。

嘉男は商売の難しさを感じていた。

 

ある日、居酒屋でシメのお茶漬けを食べていたときのこと。

「このおいしさをいつでも食べられたらいいのに……」

そう思いを巡らせたのだ。

 

終戦からまもない当時、お茶漬けといえば、料理屋でしか味や見た目もいいものは楽しめなかった。

おいしいお茶漬けを、もっと家庭でも気軽に楽しんでもらいたい。

このように考えた嘉男はふと父の海苔茶を思い出した。

「海苔茶をご飯にかければ、おいしいお茶漬けが作れるのでは」

 

ここから嘉男の試行錯誤が始まった。

商標登録しなければ、永谷園は存続できていなかったかも……

海苔茶をベースに昆布粉・抹茶・塩・砂糖などの配合を研究していった。

また、あられを具材に入れることで風味の香ばしさや歯ざわりの良さが加わった。

 

永谷家の郷里である京都には、かきもちに少量の塩とお茶をかける「かきもち茶づけ」を食べる習慣があった。

嘉男は、これをヒントにお茶づけ海苔にあられを入れることを考案したのである。

 

こうして、「お茶づけ海苔」は1952年に完成した。そして完成後に、このあられが品質保持に重要な効果を発揮していたことがわかる。

発売当初は現在のような密封性の高い包装資材がなかった。

しかし、海苔や調味粉(緑色の粒)が湿気たり変色したりすることがなかったため、商品完成後にその理由を調べたところ、偶然にもあられが吸湿剤としての役割も果たしていたことがわかったのだった。

1952年に発売した「江戸風味 お茶づけ海苔」のパッケージ
1952年に発売した「江戸風味 お茶づけ海苔」のパッケージ

発売当初の商品名は「江戸風味 お茶づけ海苔」。

価格は1袋10円で、当時の物価からすれば高額の商品だった。それにも関わらず、販売は好調で、幸先のよい出だしを切ることができたという。

予想以上の売り上げから、個人商店で営むのには限界を感じ、1953年に嘉男は株式会社永谷園本舗(現 永谷園ホールディングス)を設立した。

 

だが、お茶づけ海苔を模倣した商品が次第に市場へ出回るようになっていた。

1956年に「永谷園の お茶づけ海苔」へと商標登録した際の通知書
1956年に「永谷園の お茶づけ海苔」へと商標登録した際の通知書

経営への影響を懸念した嘉男は、1956年に「永谷園の お茶づけ海苔」へと商標登録を行った。

「商標登録がされていなかったら、今の永谷園は存続していなかったかもしれません」。マーケティング本部の山川さんは、登録が果たした役割の重さをそう語る。

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