「嫁ブロック」「夫ブロック」のリアル 「転職をあきらめるわけ」を突き詰めてみると

「嫁ブロック」「夫ブロック」のリアル 「転職をあきらめるわけ」を突き詰めてみると

キャリア

「転職」がより身近な存在になっています。あふれる転職情報にどう向き合い、自分事として考えていけばいいのでしょうか。パーソル総合研究所の上席主任研究員として、これまで多くの社会人のキャリアをみつめてきた小林祐児さんが、転職について解説します。今回は、「なぜ人は転職をあきらめるのか」について考えます。

この連載では、人の転職行動について、データにもとづいた科学的アプローチで理解を深めてきました。

今回のテーマは、「転職しない」という意思決定について。言い換えれば、「人はどのように転職をあきらめるのか」です。

転職とは、そもそも「避けたい行動」である

いま、あなたが勤めている会社と仕事に不満があるとします。上司との相性もあまり良いとは言えない状況です。

幸いにも、これまでの経験を活かし、転職先の会社は見つかりそうです。

では、あなたはそのままサラッと転職の意思決定をして辞めていくかというと、そういうわけではありません。

多くの人は、転職のチャンスがあることは知っていたとしても、実際には「転職しない」という選択をします。それは、転職とは日本人にとって「避けたい」行動だからです。

 

さっそく、データを見ましょう。

少し古いですが、精神科医の夏目誠氏らが、勤労者のストレス原因になりうるライフイベントについて、そのストレスの強さをランク付けしました。

「会社を変わる」ということは、全65個のライフイベントの中で、第6位とかなり強いストレス要因となっています。

その前後の第5位が「夫婦の別居」、第7位が「自分の病気や怪我」であることをみても、「会社を変わる」ストレスが、いかに大きいものであるかがわかるでしょう。

単純にストレスとの関係だけ見るならば、「転職よりも300万円以上の借金をするほうがマシ」とすら言えます。

職場を変わるストレスの他にも、転職を押し止める心理にはさまざまなものがあります。

たとえば、いまいる会社や同僚への「裏切り者になってしまう」意識です。

多くの日本企業では、実務未経験で学校を卒業したばかりの新入社員は、現場で先輩やメンターによるOJTで細かく指導されます。ベテランのやり方を見るなどの現場密着型の学びを通じて一人前になっていきます。

また、新人研修や内定者懇親会などを通じて「同期」という国際的には珍しい同年代コミュニティが形成され、部署を超えた仲間意識も芽生えやすい。社会人経験がない状態でスタートをすることで、「社会人として育ててもらった」という思いを会社に対して蓄積しやすくなっています。

 

パーソル総合研究所の調査では、「裏切り者だ」という意識は、入社から3年以上経っていること、育成が手厚かったことによって強くなっていました(パーソル総合研究所「コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査」)。

また、「裏切り者意識」は、逆の「恩返ししたい」という意識と高い正の相関関係にあることもわかっています。もちろん、それ以外にも、信頼してくれた顧客などとの関係もあります。

それまで構築してきた人間関係や慣れてきた仕事、通い慣れたオフィスなどを「リセット」し、次の人間関係をまた構築し直すということは、そもそも極めてストレスフルな行動なのです。

 

「嫁ブロック」「夫ブロック」はなぜ起こるのか

人は転職するかどうかを一人きりで決めるわけではありません。

転職市場では「嫁ブロック」「夫ブロック」という言葉が存在します。正確に言い換えるなら、「パートナーによる転職への抵抗と制止」のことですが、「嫁ブロック」「夫ブロック」という言葉が一般的になるほど、こうした現象は転職においてメジャーなものになっています。

私たちの調査では、男性が女性パートナーの反対によって転職を中止する、通称「嫁ブロック」は、全体の6%。対して、女性が男性パートナーに反対されて転職を中止するケースは全体の3.6%でした。

そして、「嫁ブロック」や「夫ブロック」は、子どもがいるいないで大きく変わります。子供がいる場合「嫁ブロック」は3.2倍、「夫ブロック」は、2.2倍多くなっていました。

こうした配偶者・パートナーからの反対意見の背景には、「男女で異なる転職への抵抗感」があります。

詳細な分析結果は「働くみんなの必修講義 転職学」を参照いただくとして、会社への不満や転職の可能性をコントロールした上で分析すると、次のような関係が見られました。

 

 男性の転職に対する「抵抗感」に影響しているのは、ひと言でいえば「今の会社での地位の安定」を求める意識です。

「いまより低い役職には就きたくない」という意識が、男性の転職を最も強く押し止めます。

この「抵抗感」は年収700万〜1000万円前後の人たちの間でもっとも強く見られ、いわゆる「中流」の人々の安定志向が垣間見えました。

日本では転職によって直接役職が上がることはとても少なく、たとえマネジャー候補として採用される場合でも、転職後、しばらくは一般社員として働くことがふつうです。転職が地位の向上に直接結びつきにくいために、ある程度の期間働いた男性が、現在の会社での地位や役割を手放すことへの抵抗感を高めているわけです。

 

一方で、女性の転職に対する「抵抗感」に影響しているのは、「家庭の安定」を望む意識です。

「夫にはなるべく転職してほしくない」「夫が転勤してもついていきたくない」と考える女性は、自身のキャリアにおいても現状維持を重視しがちであり、転職に消極的なことがわかりました。子どもがいることが転職への抵抗感を強めるのも、女性だけに見られる特徴です。

つまり女性は、自分の転職を決断する際に、「夫が今後転職するかしないか」ということにも左右されているということです。

「地位」を安定させたい男性と、「家庭」を安定させたい女性との間の、上の図のようなトレードオフ関係です。男性は「家庭を任せられる妻」の存在、女性は「子ども」の存在があることが、支点となっています。 

 

さきほど見たとおり、子どもの存在によって「嫁ブロック」が増えるということも、この構図によって説明できます。

また、「夫ブロック」にあいやすい女性の転職理由は、「やりたい仕事やアイデアがある」ということでした。

仕事にやりがいを求めて転職したがる女性を制止しようとする男性の姿が目に浮かびます。

まだまだ実証データは不足していますが、「家庭を任せられる妻」という前提が揺らぐことを恐れる男性が多いのかもしれません。

 

自分の中の「転職への抵抗感」を知る大切さ

転職とは、一見すると合理的な「選択」の行動のようにうつります。

「給料が上がるほうの会社にいく」「今の会社はもうダメだから他に移る」といった表面的な合理性を軸に転職をとらえる人もたくさんいます。こうした傾向は、伝統的な経済学を中心とした学術的な研究にも見られます。

しかし、いまデータで見てきたように、転職行動のリアルとは、こうした「単純な労働移動」ではありません。

日本人は、人生で平均して2回程度しか転職を経験しません。この2回の決断には、それまでの会社や顧客、同僚などとの関係があり、家族の間のしがらみがあり、それまで働いてきた蓄積があります。「転職できるから、転職する」というような浅い考え方では、自らの転職すら理解することはできません。

 

転職とは、自分自身を見つめる大きなリフレクション(内省)の機会でもありますし、パートナーがいる場合には、これからのキャリアについて話し合う機会にもなります。

自身の中にある「抵抗感を見つめること」と、それまでの「しがらみにがんじがらめになること」は異なります。

今回紹介した知見をヒントに、多くの人がぼんやり感じている「転職したくなさ」の深みを探ってみることは、新たなステージへの準備にもなるはずです。

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