なぜ人は会社をやめるのか? 2つのキーワードで離職のメカニズムを解説

なぜ人は会社をやめるのか? 2つのキーワードで離職のメカニズムを解説

キャリア

「転職」がより身近な存在になっています。あふれる転職情報にどう向き合い、自分事として考えていけばいいのでしょうか。パーソル総合研究所の上席主任研究員として、これまで多くの社会人のキャリアをみつめてきた小林祐児さんが、転職について解説します。今回は、なぜ人は会社をやめるのか、というテーマについて考えます。

人はどのように会社を辞めるのか――「リセット・ボタン」としての転職

コロナ禍は、キャリアへの意識を大きく揺さぶりました。この連載の読者の中にも、「今まさに転職活動をしている」という方もいるはずです。

その一方で、「なんとなく考えているけれど、今すぐとは考えていない」という人も多いでしょう。

この分かれ道はどこにあるのでしょうか。言い換えれば、人がいま働いている会社をやめることを決めていくメカニズムとは、どういったものなのでしょうか。

今回は、このシンプルかつ奥深い問いに、「転職学」の知見から答えていきましょう。

就職面談会の様子=2013年、鹿児島県
就職面談会の様子=2013年、鹿児島県

「やりたいことを仕事に」、「スキルを身につけてキャリア・アップ」……。転職市場にはこうしたキラキラした言葉があふれていますが、残念ながら、実際の日本人の転職したい、辞めたいという思いのベースは、いまの会社や働き方への「不満」です。

 

転職者に、「前職への不満」と「転職先の魅力」について聞いてみると、30.9%が「前職への不満のみ」、48.9%が「前職への不満&転職先の魅力」を挙げ、「会社への不満」に端を発する転職が、全体の8割を占めます。リストラなど非自発的な転職も含めると9割に達します。不満のない、純粋に「前向きな転職」は、わずか10%です〈パーソル総合研究所・中原淳「転職行動に関する意識・実態調査(2019)より〉

前回のコラムで、日本の転職はキャリア・アップに直接つながりにくい、という話をしました。国際的に見ても、転職によって役職や生涯年収が上がることが少ない国であることは、さまざまなデータで示されています。


そうであるがゆえに、日本の転職は、会社や職場の不満や不安に対して、それを「払拭する」という側面が強くなっています。「同僚との関係がこじれてしまった」、「上司のハラスメントに耐えられない」、「仕事に面白みを感じない」……そうしたモヤモヤを、会社を変えることによって一新させる。そうした日本の転職はいわば「キャリアのリセット・ボタン」としての機能が中心です。

 

この「どんな不満によって人が離職していくのか」というテーマについて、これまでの多くの学術研究は「不満の中身」に注目してきました。

例えば、「人間関係のトラブルや不満」は、離職の原因になりやすいことなどがすでにわかっています。しかし、「転職学」が注目したのは、「不満の中身」そのものではありません。もう少し奥深いその離職のメカニズムを、「未来展望」と「職場の重さ」という2つのキーワードをつかって説明していきましょう。

 

不満に対する「未来への展望」が離職につながる

働く私たちが抱く「仕事や会社への不満」には、「解消されるもの」と「解消されないもの」があります。人が転職を決意するにあたり、この区別は極めて重要な意味をもちます。そのことを、まずは統計的に確かめてみましょう。


上図は、横軸に「不満の強さ」を示した上で、不満が「変わる見込みがない群(オレンジ)」と「変わる見込みがある群(青)」の2つに分けて、それぞれの離職意向(今の会社を辞めたいという気持ちの強さ)を比較したグラフです。

「変わる見込みがない群」では、不満の強さに比例して離職意向が高くなっているのに対し、「変わる見込みがある群」では、たとえ不満が強くても、辞めたいという気持ちは低くなっています。つまり、不満の強さではなく、「変わらなさ」が人を離職に強く駆り立てる、ということです。

こうした時間の観点を含む見通しの影響は、心理学において「未来展望(時間的展望)」という概念で研究されてきました。「未来への見通しが、人の“現在”に強く影響する」。そういった知見が蓄積されています。

一つの例として挙げられるのが、第二次世界大戦中のユダヤ人強制収容所における次のようなエピソードです。

ナチスによって強制的に収容所に閉じ込められたユダヤ人たちのあいだで、「クリスマスまでには、ここから解放されるらしい」という噂が広まります。理由もわからず連れてこられた人々は、その未来にわずかな希望を見出して過酷な生活に耐えていたそうです。

しかし、みなさんもご存じの通り、実際には、クリスマスが過ぎても解放されることはありませんでした。その期待が裏切られたとき、絶望し、死に至る人が多発したのです。

これは、精神科医ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』での描写です。

企業は収容所ではありませんが、「未来への展望」が「いまの就業状態」を規定するという点では同じです。人は現状への不満を強めて転職していくわけではなく、その不満の解消が「将来的にも困難」で、期待や希望がもてなくなったとき、「この会社を辞めよう」という離職の意向を強めていくのです。

 

“柔軟さ”と“変化”が影響する「重い職場」と「軽い職場」

しかし、自分の不満が「変わる」「変わらない」ということを、私たちはどのように判断しているのでしょうか? それに答えるのが、2つ目のキーワードである、「職場の重さ」です。

この「職場の重さ」とは、職場で働く人たちが自分の会社、自分の組織に対して感じている「柔軟性のなさ・変化の少なさ・変化の遅さ」といった感覚のことです。

就職活動が解禁。開場と同時に学生たちが続々と目当ての企業のブースに向かった=2019年3月1日、福岡市中央区のヤフオクドーム
就職活動が解禁。開場と同時に学生たちが続々と目当ての企業のブースに向かった=2019年3月1日、福岡市中央区のヤフオクドーム

例えば、「何を決めるにも社内での調整がかかる」といった意思決定の側面、「オフィスがずっと変わらない」といった場の側面、「会議で一部の人しか話さない」といったコミュニケーションの側面など、いくつかの形で感じていることがわかっています。

こうした「職場の重さ」の感覚と、メンバーが抱く不満との関連を調べてみると、職場が「重い」ほど、自分が抱いている具体的な不満について「変わらないだろう」という負の見込みを高く感じることがわかっています。つまり、個別の不満とは直接関係がないはずの、ふだんの組織の特徴が、「変わらないだろう」という未来展望に影響しているということです。

 

「転職学」からの教訓――自身の「重さ」に気づくこと

「未来展望」と「職場の重さ」を軸に、人が離職・転職に引き寄せられるメカニズムを見てきました。こうしたことは、働く私たちにどんなことを教えてくれるでしょうか。

一つは、いま自分が感じている不満について、「時間」というフレームを使って冷静に見定めることです。

たとえば、会社の上司や同僚との人間関係に悩み、転職を考えているとします。

しかし、そこに「変わりそうか、変わらなそうか」という軸を加えてみましょう。

日本企業の多くにはジョブ・ローテーションの習慣があります。苦手な上司が急にいなくなることもあれば、自分自身が思いがけない異動辞令をもらうこともあります。

企業合併や、事業部の統廃合などがきっかけで、同僚も仕事も入れ替わる、というようなことも増えてきました。

こうした「変化」がいまの環境の中でどのくらいありそうなのかを、「どれだけ不満に感じているか」とは別の軸として、冷静に判断することが大切です。

実際に、私たちの分析においても、「子供ができること」、「同僚が変わること」、「自らの異動」などの変化は、転職を抑制していました。

眼前の不満から少し目をそらし、ここ数年先の未来に自らに起きそうなことをリストアップし、その上で転職の是非を考えてみると、少し違う風景が見えてくるかもしれません。

「転職フェア」に1万人以上の会社員が集まった=1999年、東京都千代田区の東京国際フォーラム、朝日新聞社
「転職フェア」に1万人以上の会社員が集まった=1999年、東京都千代田区の東京国際フォーラム、朝日新聞社

そしてもう一つ。特に若い方に覚えておいてほしいのは、人の長いキャリアにおいては、働く不満を「自ら変えにいく」という選択肢もあるということです。

若い方と話すと、いま自分が感じている不満に対して、「耐えるか、転職か」という二者択一のように語る人が多くいます。

しかし、その二者択一の背後には、「自らが状況を変えにいこうとはしない」という前提が忍び込んでいることが多くあります。

就職活動に向けて肌の手入れを学ぶ男子学生たち=2020年1月15日、愛知県春日井市、朝日新聞社
就職活動に向けて肌の手入れを学ぶ男子学生たち=2020年1月15日、愛知県春日井市、朝日新聞社

「面白くない」と感じる仕事の意味づけ、相性の良くない上司への接し方、雰囲気の悪い同僚への声掛けなど、職場の「半径5メートル」の世界に渦巻く不満の中には、自分の心がけや立ち振る舞いによって解決できるものも多くあります。

ですが、日本人は不満を抱いたとしても、同僚と愚痴るくらいで、上司や会社との交渉などのアクションを行おうとしない傾向にあります。

介護との両立やハラスメント、賃金などの大きな問題でも、会社や上司に相談せず、転職というリセット・ボタンを「押すか押さないか」の選択まで耐えてしまう人も多くいます。

つまり、さきほどの「職場の重さ」の裏面には、不満を変えにいこうとしない「自分自身の重さ」も貼り付いているということです。

しかし、それに気づかずに、「リセット」としての転職に慣れてしまえば、また次の会社でも同じような不満をため、リセット・ボタンを押し続ける、という負のループにも繋がることがよくあります。

 

明るい未来への見通しと実りあるキャリアのためにも、「重く」みえる職場の姿と、現状を変えにいく自らの「軽さ」を、両面で見ることをおすすめします。

 

(このコラムは月1回掲載予定です)

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