「人生が逆転した」 10万人に1人の難病を抱え、選んだ“起業”の道

「人生が逆転した」 10万人に1人の難病を抱え、選んだ“起業”の道

キャリア

特待生で大学院へ。「寝てはいるけど寝る時間がなかった」

――その後、SBI大学院大学で経営について学ばれます

2015年4月に入学したんですが、その翌年2016年に大きな病気をして、5か月ほど休学しました。病気をした理由ははっきりはわかりませんが、当時仕事や東京への出張、取材対応などで忙しい日々を送っていたので、インフルエンザにかかってしまいました。私の場合、人工呼吸器もつけていたので、インフルエンザにかかると命も危ないほどでした。

当時医師の方からは、「もう声は出せないかもしれない」と言われました。身体も動かせない、声も出せない、という状態、なんて残酷なことをするんだろうと思いましたね。自分の会社のことや大学院のことは考えられず、毎日死にたいと思ってしまっていました。

ですが、その後少しずつ回復できて、声も少しずつ出せるようになりました。私と同じ病気の方で同じような体験をされて回復された方が、わざわざ病院まで来てくださったり、色々教えてくださったり。お世話になった先生も耳に障害をお持ちの方で、私の障害に共感してくださったうえで、大変よくしてもらいました。

――大学院で経営について学ぼうと思った理由は何だったのでしょうか?

会社を立ち上げて3、4年経ったころ、「今は自分が障害者という立場でめずらしいからメディアなどで取り上げてもらっているけど、会社の経営もきちんと勉強したこともない。それにもかかわらず、うまくいっている状態が怖い」と感じるようになりました。努力がすべてではないですが、ある程度経営について勉強できる機会が得られればいいなと思っていました。

そんなときにSBI大学院大学の方からSNSで連絡があって、「基本的には通信でいい、特待生で入りませんか」というご連絡をいただきました。私は特別支援学校を出てから大学に通いたいと思っていたんです。

私の親に大学に行きたいと伝えたら、「色々な課題があります」と言われまして、大学で誰が私の介助をするのか、親がずっとついていくのか、とかですね。あとは、今働く場所がない、という状態で大学に4年間通ったから働けるようになるのか、という話にもなりました。

それに対して親からは授業料を払えないと言われてしまっていました。かといって自分で大学の授業料を支払えるだけのお金もありませんでした。

そんなときに、授業料はゼロ円でいいと言われまして。最後までやり抜いて修了してほしいということが条件でした。一方で私のなかで少し迷いもありました。というのも、授業料はゼロ円でよいと言われても、私は特別支援学校を出ただけで、4年生の大学も出ていません。ましてや障害者で、寝たきりで、そういう状況で大学院の授業についていけるのだろうかと。

ただ、多くの学生が修了後に起業したり、事業を立ち上げたり、ということを考えるだろう大学院で、私の場合はすでに会社を立ち上げて、経営していました。そこで特別な根拠はありませんでしたが、なんとか渡り合えるだろうと思いました。それでチャレンジしようと。

SBI大学院大学の修了式に出席する佐藤さん(手前)
SBI大学院大学の修了式に出席する佐藤さん(手前)

――2019年3月に修了するまで特に何が大変でしたか?

そうですね。もう2度とやりたくはないくらい大変でした。通信制と聞くと、動画の講義を見てレポート書くだけでしょ、と思うかもしれませんが、ビデオ通話で学生同士が議論する機会が多かったです。日中平日は仕事をしているので、平日の夜や土日を使います。日曜の夜にグループワークをして、平日は夜な夜な動画の講義を聞いてレポートを書いてということをやっていると、寝てはいるんですが、寝る時間はないと言う状態でした(笑)

 

――現在、佐藤さんが取り組まれている「チャレンジドメイン」とは具体的にどういうサービスなのでしょうか

チャレンジドメインは2019年に始めました。サービスは、障害のある方に仕事を発注したい人と仕事を受注したい障害のある方をつなぐ、プラットフォーム型のサービスです。

色々な条件はあるのですが、企業さんがデザインなのか、データ入力なのか、動画編集なのか、そういったものを一定の金額で請け負って、障害者の働き手に仕事をやってもらいます。まだまだ数十件でこれからの事業ですが、少しずつ伸びています。

「大げさではなく、人生が逆転した」

――いま起業を考えている方に対してどういったことを伝えたいですか?

いまコロナ禍ということもあって、みなさん働き方が多様化していると思います。これまでの時代であれば、会社に就職して定年まで勤めあげるのが当たり前でしたが、そういう時代ではなくなるのかなとも感じています。

そういうなかで、会社を立ち上げるというのは、選択肢のひとつとして、とてもよかったと思っています。というのも、ある程度自分でコントロールができる状態で仕事ができるのがよいなと思います。当然、失敗したりミスをしたりすればすべて自分の責任にはなりますが。

逆に会社を立ち上げるようなことはできない、しないという方もいると思います。そういう方は、例えば会社員として働いていてもよいと思うのですが、一方で居場所がその会社だけ、という風にはしなくてもよいのではないかなと思います。というのも、その会社がなくなったとき、会社でうまくいかなくなったとき、絶望的な気持ちになると思うんです。

例えば、私は仙拓という会社で働いていますが、「仙拓で働いている佐藤」というのは嫌で、「佐藤は仙拓で働いている」という風になりたいんです。後者であればどこの会社に行っても通用すると思うんですが、前者の場合、会社がなくなったとしても、個人で価値を出せるようにしていかないといけない時代だと思っています。

 

――佐藤さんが起業してよかったと思う瞬間はどういったときでしょうか?

私は会社を立ち上げて、おおげさではないくらい、人生が逆転したと思っています。私は会社を立ち上げる前は重度障害者で、自分にできることは何もないと思っていた、というか思われていたと思います。街に出ても好奇の目で見られたり、声をかけられたとしても「かわいそうだね」だったり、そういう風に言われることが多かったです。

それが最近ではかわいそうだねと言われることはほぼなくなって、やはり障害者でもこれだけできるということを知ってもらえたということがありがたいなと思います。

世の中お金ではない、と言いますが、それも正解ですが、お金がないと日々の生活で選択肢を得られない場面も当然あると思います。なので、やはり働く以上はきちんとした収入を得たいし、うちで働いている障害者のメンバーにも稼ぎたいという意志があれば本人が望む形で稼がせてあげたいと思っています。だから障害者でもこんなに働くことができます、ということを証明できたことが、起業して一番よかったことだと思っています。

プロフィール

佐藤仙務(さとう・ひさむ)。1991年6月生まれ。愛知県出身。10万人に1~2人が発症するといわれる「脊髄性筋萎縮症」を抱え、ほぼ寝たきりという生活を送りながら2011年に、ホームページや名刺の作成を請け負う株式会社仙拓を立ち上げる。自称・寝たきり社長。YouTube「ひさむちゃん寝る-寝たきり社長公式YouTubeチャンネル-

 

(朝日新聞社はV500に関する特設ページを公開しました)

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