はじめての日本製の月面探査機、間もなく月面へ スタートアップ「ダイモン」の挑戦

はじめての日本製の月面探査機、間もなく月面へ スタートアップ「ダイモン」の挑戦

テクノロジー

重さはわずか500グラム。手のひらに乗る10センチ×15センチのオモチャのような日本製のロボットが来年、カメラを搭載して月面を滑走します。民間企業が開発した機器が月面を走るのは世界で初めて。メイド・イン・ジャパンが宇宙で活躍するのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)など国の機関を含めても初めてといいます。

七転び八起きの「YAOKI」、月面探査へ

 

ロボットの名前は「YAOKI(やおき)」。何度転んでもすぐに立ち直って走り続ける「七転び八起き」から名付けられました。株式会社ダイモン(東京都大田区)の社長、中島紳一郎さん(55)が開発しました。

YAOKIを手にもつダイモンの中島紳一郎社長=川崎市
YAOKIを手にもつダイモンの中島紳一郎社長=川崎市


ドイツの産業機器メーカーBOSCH(ボッシュ)でエンジンなど駆動系の技術者だった中島さん。東日本大震災直後の2011年3月、ボッシュを退社しました。

 

「これから世の中は何もかも変わる。自分も今までと同じことを同じように続けているだけではダメだ」

という思いが膨らんだことが退社の理由といいます。

 

退社後、一時は月面探査機の開発をめざす研究者のチームに個人の資格で加わったこともありました。しかし、自分で理想と思える技術は1人で開発した方が効率的だと思い直し、起業を決意。2012年2月、ダイモンを創業しました。

 

それから7年。試行を重ね500グラムを切る498グラムの月面探査機を実現できたのは2019年4月。直径約10センチの2つの車輪と車輪に挟まれた目のようなカメラ、さらにシッポに位置する部品で車体を支え、ラジコンを操縦するように無線で遠隔地から操縦できる仕掛けです。

月面を滑走するYAOKIのイメージ=ダイモン提供
月面を滑走するYAOKIのイメージ=ダイモン提供

簡単に方向転換ができ、岩などにぶつかって転倒しても、YAOKIの名前の通り、すぐに起き上がることができることが特徴です。

 

完成→動画撮影→アメリカから「返事」

YAOKIが完成すると、中島さんはすぐに伊豆大島に飛びました。

 

伊豆大島にある火山周辺の岩場を月面に模して、YAOKIが動き回りながら撮影をする様子を収録しました。

その動画をYouTubeで公開しただけでなく、NASA(アメリカ航空宇宙局)や、宇宙関連技術の開発を手がけるアメリカのアストロボティック・テクノロジー社の月面探査計画の担当者にも送付しました。

 


すると、アストロボティック社の担当者からすぐに返事が。

 

「NASAから開発を委託された月面着陸機『ペレグリン』にぜひYAOKIを搭載しないか」

 

という提案でした。

 

開発から約半年後の2019年9月、中島さんはアストロボティック社と契約を締結。NASAのプロジェクトの一環として、ペレグリンへのYAOKIの搭載が決まりました。

日本人が手がけた機器が月面で活躍するのは初めて。中島さんは「まだまだ計画の第一歩に過ぎません。さらに夢が広がる壮大なプロジェクトが続きます。YAOKIを映画『スター・ウォーズ』に登場するロボット『R2-D2』のような、人間をサポートできるパートナーに成長させたい」と胸躍らせています。

 

月面に基地つくる「アルテミス計画」

アメリカでは、トランプ前政権が2017年に「アポロ計画」に続く月面探査プロジェクト「アルテミス計画」を発表し、この計画をバイデン政権も継承しています。

アルテミス計画の内容は、2024年までに女性を含む宇宙飛行士を再び月に着陸させて、2028年までに月面基地の建設に着手するというもの。

 

「アルテミス1号」といわれる最初のロケット発射の計画は2022年初頭で、中島さんによると、NASAは月面への着陸機をアストロボティック社に発注し、アストロボティック社が搭載機材のひとつにYAOKIを選んだそうです。

 

ただ、YAOKIはNASAやアストロボティック社の任務を請け負うわけではありません。YAOKIやダイモンは、アストロボティック社から特別なミッションは何も指示されておらず、ダイモン側の判断でYAOKIが月面でどう動き、何を撮影しても良い契約になっているといいます。

月面「死の湖」で6時間の撮影 映像は地球でモニター


NASAやアストロボティック社の計画によると、ペレグリンは月面で「死の湖」と称される地域に着陸する予定。38億年前にできたとみられる古い地層です。その「死の湖」周辺でYAOKIはバッテリーが稼働する約6時間の間、動き回って「死の湖」の様子を撮影し続ける計画です。

月面着陸機「ペレグリン」から放出されたYAOKIのイメージ=ダイモン提供
月面着陸機「ペレグリン」から放出されたYAOKIのイメージ=ダイモン提供

ただ、地球と月の間をロケットが飛行している間や、ペレグリンが月面着陸をする瞬間などのシーンは撮影できません。ペレグリンが着陸後、月面にYAOKIを放出してからが勝負です。バッテリーが切れるまでの間、とにかく動き回って撮影し続けます。

 

YAOKIをリモート操作するダイモンの中島紳一郎社長=川崎市
YAOKIをリモート操作するダイモンの中島紳一郎社長=川崎市

この間、ダイモンのスタッフは地上からYAOKIを操縦する計画です。NASAが地球上から38万キロの彼方の月面着陸機に宇宙無線を送り、着陸機からYAOKIにはWi-Fi無線で指示が飛びます。ダイモンのスタッフは地球上からYAOKIのカメラがとらえた映像をリアルタイムでモニターしながら、YAOKIの月面走行をコントロールできるそうです。

 

YAOKIが撮影して地球に送り届けた画像や映像についても、NASAに譲渡することなくダイモンが活用できる契約になっています。中島さんは「クレーターだらけの月面に横穴があるのか、水が存在しているのかどうかが研究者の関心事であり、私も興味があるので、ぜひ撮影に挑戦してみたい」と話しています。撮影したデータをどう生かしていくかについては、今のところ全くの白紙だそうです。

 

月面への旅立ちまでおよそあと半年。月面でYAOKIが活躍できるようカメラやバッテリーの性能、衝撃への耐久性などのチェックが当面の課題です。

素材メーカーとしては国内最大手の三菱ケミカルや九州工業大学などとも連携し、月面の昼夜の寒暖差や気圧、放射線の影響、打ち上げ時や着陸時の衝撃なども想定しながら、月面での活動に耐えられるかどうかの確認を重ねているそうです。

 

「宇宙品質」の付加価値は?

これが無事に成功すれば、日本で初めて堂々と「宇宙品質」を名乗ることも可能になるため、「その付加価値は限りなく大きいはず」と中島さんは期待しています。

 

これまで月面の開発計画を成し遂げた国は、「アポロ計画」を進めたアメリカのほかは、ロシア(旧ソ連)と中国だけです。

それだけに、日本のダイモンのような小さなスタートアップ企業にとって、アメリカ主導のアルテミス計画に当初から参画できた意味はとても大きいものです。

 

ダイモンがアストロボティック社と契約を交わした2019年末、日本政府もアルテミス計画への参画を決定し、発表しました。2020年には文部科学省とNASAが具体的な協力内容を合意し、これに関連してトヨタ自動車がJAXAと連携して月面探査車の開発に着手する計画を発表しました。

 

トヨタの月面探査車「ルナ・クルーザー」は全長6メートルと大型車なみの車両で、水素をエネルギー源とする燃料電池を搭載する計画。技術力も資本力も駆使し、最先端の車になりそうですが、実現目標は「2020年代後半」になりそうです。

 

NTTデータ経営研究所の試算によると、2050年には世界の宇宙ビジネスの市場規模は現在の37兆円から200兆円規模に膨らむ可能性があります。アメリカ側にはさらに、300兆円規模になる、という試算もあります。

将来有望な「金塊」を求めて大手企業が続々と宇宙ビジネスに参画してくることも予想されますが、スタートアップ企業のダイモンには道をふさがれてしまうという危機感はないといいます。

 

NASAは2022年中か2023年には「アルテミス2号」を月面に向けて発射する予定で、ダイモンは2号機にもYAOKIを搭載する方向でアストロボティック社と話し合っています。

中島さんは、

「500グラムは断念する可能性もありますが、次のYAOKIには無線による充電、あるいは太陽光発電の機能を搭載したいと思っています。そうすれば探査時間をもっと長くすることができるはずです」

 

と話します。

 

大切なのは「志」 未来に広がる無限の「可能性」

中島さんには、後に続く若い世代に訴えたい「思い」があるそうです。挑戦する「志」さえ失わなければ、若い人たちの前には、自分の世代をはるかに上回る可能性が広がっていることへの「確信」です。

中島さんが独力でYAOKIを開発できたのは、ボッシュ時代に培った設計のノウハウに加えて、3次元CAD(コンピューター設計)システムと3次元(3D)プリンターという「道具」に支えられてきたことも要因でした。

3Dプリンターは世間に出た直後、億円規模の投資をしなければ手に入れられなかった高額な設備でしたが、中島さんが起業するころには数百万円、最近では十数万円で購入できる手軽な道具になりました。CADのソフトは簡易なタイプならフリー(無料)ソフトも普及しています。

中島さんは

「ついこの間までは資金に余裕がある企業でないと買えなかった設備が自宅の小部屋でも使える時代になっています。大きな決断だった起業のハードルは格段に下がっています。あとはやる気次第だと思います」

と考えているそうです。

 

独立せずサラリーマンを続けていても、YAOKIは完成できなかったと感じているそうです。中島さんがボッシュを退社後に一時、参加した開発チームがこれまでに成功したのは4キロまでの小型化でした。

「スタートアップなら失敗しても迷惑を被るのは自分と家族だけ。だからリスクを取れたが、仲間がいて大量生産も求められる環境にいると、限界点を超えて挑戦しようというモチベーションを持ちづらくなる可能性があると思います」

YAOKIなみの小回りの良さを、これからもダイモンの強みとしていく考えです。

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