“イケてない”金融サービスをテクノロジーの力で身近に。ドイツ銀行をやめフィンテック企業を起こした理由

“イケてない”金融サービスをテクノロジーの力で身近に。ドイツ銀行をやめフィンテック企業を起こした理由

キャリア

金融とテクノロジーを組み合わせ、お金にまつわるサービスを使いやすくして提供する「フィンテック」のスタートアップ企業、Finatext(フィナテキスト)を立ち上げた林良太さん(35)。大学卒業後に入社したドイツ銀行をやめ、2013年に「金融がもっと暮らしに寄り添う世の中にする」をビジョンに創業しました。なぜ、起業しようと思ったのか? これから起業したいと思っている人に伝えたいことは? bizble編集部が聞きました。

会社員や職員などの「組織」から独立し、20~30代で創業した起業家は、どんな思いで、何をめざして、会社をつくったのでしょうか。次代を担う起業家たちのメッセージを伝えます。

「このままだと腐ってしまう」。やりたいことに気づかせてくれた友人の言葉

――2013年12月にFinatextを立ち上げました。大学卒業後に入社したドイツ銀行をやめてから起業にいたるまでの経緯をまずお伺いしたいです

僕は大学生のころ、サイバーエージェントを立ち上げた藤田晋さんの本に触発されるなど、いわゆるちょっと“意識高め”の学生だったんです。なので、「いつか絶対起業してやろう」という思いは大学生の頃からありました。

でも、大学卒業後にドイツ銀行ロンドンに現地採用で入社したのですが、比較的若い23歳で入社したこともあり、ちょっとした成功に甘んじる自分がいました。ステータスがあることが当たり前になってしまっていました。

ロンドンには3年ほどいましたが、ある日、「やばいな」と思ったんです。「このままだと僕は腐ってしまう」と思いました。

それに気づかせてくれたのは、友人の言葉でした。

「学生時代、将来世界を代表するような起業家になるとか言ってたけど、むしろ遠のいてない?」

「成長しているかのようで実は遠のいちゃっているんじゃないの?」

それからもうドイツ銀行をやめて、起業しようと思うようになりました。

オンライン取材に応じる林良太さん
オンライン取材に応じる林良太さん

「スタートアップ」というと、解決したい課題があるから起業したというような「課題解決型」が多い印象がありますが、僕はそんなキレイな形ではなくて。「何か行動を起こしたい」ということがスタートで、起業してもいいと思っています。

――当時、ドイツ銀行ロンドンでやっていた仕事内容はどんなものだったのでしょうか

僕は機関投資家の営業をしていました。

例えば、アジアや日本の事業会社を機関投資家やヘッジファンドに紹介していました。日本でも有名な大手企業の株主が僕のお客さんでした。日本の企業の社長がロンドンに来た際に、ロンドンにいる株主との会議をアレンジしたり、情報共有をしたりしていました。

周りの人がやめていったこともあり、入社して1年でヨーロッパ全体の責任者になっていました。

もしかしたらエリートっぽく聞こえてしまうかもしれませんが、事業会社と投資家の「窓口」みたいな感じなんです。ヨーロッパの統括になったのも、優秀だったからではなくて、運がよかっただけだと思います。

――ドイツ銀行でも活躍されていたなかで、どうしてフィンテック企業にしようと思ったのでしょうか?

起業するときは絶対金融の文脈でやろうと思っていたんです。

趣味でやるわけではないので、「世の中に貢献できる」ということが大前提にありました。「金融」であれば、経験もあったので成果を残せるのではないかと思いました。

そのうえで、「日本の金融サービスはすごく使いづらい」という思いがありました。起業した2013年当時、日本の大手銀行がインターネットバンキングのアプリをリリースしはじめたくらいの時期で、「金融をもっと暮らしに寄り添うものにしたい」という思いに至りました。

自分自身の経験もあります。

ドイツ銀行で働いていたとき、ブルームバーグのプロフェッショナル向けのツールを日々使ってやりとりをしていました。黒い画面に、難しいチャートが並ぶ。それが当たり前でした。

だから、金融サービスをやろうと起業した当初、当たり前のように、背景は黒でかっこいいものにしようと思いました。でも、背景が黒だと視認性が低く、一般ユーザーには使いづらいということがわかりました。それ以降、僕たちの金融サービスは「白」を基調にするようにしています。

はじめてつくったサービスは鳴かず飛ばず。繰り返した試行錯誤

――「起業する」というのは簡単に決意できたのでしょうか?

僕は、起業には2パターンあると思っています。

「起業したいな」と思うこともなく起業しているパターンと、僕みたいに「いつか起業したいな」と思ってから起業するパターンです。

僕みたいに「起業したいな」と思っている人にとって大事なことは、風が吹いていないときに凧(たこ)を上げても上がらないように、“タイミング”だと思います。

その“風”が、例えばインターネットの登場のような外部的な環境によって生まれることもあれば、久しぶりに会った友達と意気投合して起業につながるような、人との縁から生まれることもあると思います。

そういう自分にとっての「風が吹くタイミング」を大切にするといいんじゃないかなと思います。

僕も、ドイツ銀行を退社した後、一度ヘッジファンドに入ったのですが、そこで偶然、同じ大学、同じ学部出身の同い年の同僚と出会ったんです。

ある日、その彼とランチをしていたときに、「こんなツールがあったらいいよね」という話題になり、「ちょっとつくってみようよ」と言って週末などを使って2人でつくりはじめたんです。

2人で夜を徹してプログラミングを書いて、2週間くらいでプロトタイプをつくったんです。

それが、のちに社名となった「Finatext」という、金融ニュースのキュレーションサービスでした。

プロトタイプを一緒につくった彼と、2013年12月に創業しました。

Finatextを創業した初期の頃の林良太さん(右端)=Finatextホールディングス提供
Finatextを創業した初期の頃の林良太さん(右端)=Finatextホールディングス提供

そのサービス自体は、鳴かず飛ばずでした。

でも、それをきっかけに試行錯誤がうまれ、2014年11月、株コミュニティアプリ「あすかぶ!」をリリースしました。ユーザーが増え、そこから会社が大きくなりはじめました。

2014年11月にリリースした株コミュニティアプリ「あすかぶ!」=Finatextホールディングス提供
2014年11月にリリースした株コミュニティアプリ「あすかぶ!」=Finatextホールディングス提供

――「あすかぶ!」に至るまではどのような試行錯誤があったのでしょうか

最初につくったサービスは本当に「ユーザー2人」みたいな状況でした(笑)

でも、「スマホアプリの方が使いやすいんじゃないか」「難しくなく、簡単なものにしよう」と考え、それまでつくったことのなかったアプリを自分たちで調べてつくりました。

Finatextを創業した初期の頃の林良太さん(右端)=Finatextホールディングス提供
Finatextを創業した初期の頃の林良太さん(右端)=Finatextホールディングス提供

練習がてらつくったもので、いまだにアップストアに載っているアプリもあります(笑)

5つくらいのアプリを実際にサービスとしてつくりました。

イギリスのブリストル大学でコンピューターサイエンスを1年間勉強していたので、基礎の教養はありましたが、起業してからは本当に独学でした。ググりまくりましたよ(笑)

だから、「できないことなんてない」と思います。

公開情報としてネットで調べられることもたくさんあります。

調べて、読んで、実際にやってみるということが本当に大事だと思います。

――「ユーザー2人」だったり、つくったことのないアプリに挑戦したり、すぐにうまくいったわけではないと思いますが、めげずに続けられたのはどうしてだったのでしょうか

お蔵入りになったアプリのなかには、「ユーザー10人」というものもありました。2人から10人になったので、成長率は5倍でしたが(笑)

そのときは、「僕ら全然ダメじゃん」「もうこの会社ダメじゃない?」なんて雰囲気になりました。

でも、「もう1回トライしよう」と思って続けました。

心がけていたのは、とてもシンプルなものでした。「ユーザーに刺さらなかったことをやるのはやめて、刺さるものをやる」

すごく単純なことなのですが、失敗が怖くなると意外とできないことなのかもしれません。

僕たちも「パソコンじゃダメだ、アプリにしよう」「難しいものはダメだ、わかりやすいものにしよう」など、そのシンプルな試行錯誤の繰り返しで「あすかぶ!」につながりました。

また、ある程度の「セーフティーネット」もあった方がいいんじゃないかと思います。

僕は「退路を断つ」みたいな話ってよくないと思うんです。退路はあった方がいいと思います。

退路があるから思いっきり挑戦ができる。心に余裕があれば、人もついてくると思います。

僕自身、起業した当初はヘッジファンドに所属していましたし、その会社の上司も起業を応援してくれていました。

「産後うつ」もカバーする妊婦に特化した保険。きっかけは妻の経験から

――「金融がもっと暮らしに寄り添う世の中にする」というビジョンに至った背景は?

僕は、日本経済をもっともっとよくしたいと思ってるんです。

でも、この30年くらい金融機関はアメリカに覇権を奪われてしまったと思っています。

その原因は、金融機関のシステムにあると僕は思っていて、古いシステムゆえに、どうしても柔軟ではない金融サービスの提供の仕方になってしまったり、“上から目線”の金融サービスになってしまったり。そういうものにがんじがらめになってしまっているのではないかと感じていました。

金融は、お客さんの「こういうことがしたい」を実現するための手段としてあると思っています。

お客さんが「何か」をするときに、金融はそこにあって、その「何か」をすることをよりスムーズにするための存在ですよね。

だから、もっとお客さんの実現したいことを実現させるためには、もっと金融とお客さんの距離を近づけないといけないと思ったんです。

そのためには、金融機関のレガシーなシステムや仕組みはアップデートしていかなきゃいけないと思っています。

――「あすかぶ!」以降、大手金融機関などと提携し、次々と新しい金融サービスを生み出しています。2020年8月にリリースした妊婦に特化した少額短期保険「母子保険はぐ」は、ご自身の配偶者の方の経験をきっかけに、「産後うつ」も保障対象としたことも注目されました

きっかけは2つあります。

まず1つが、これまでの金融サービスはシステムが古く、既存の組織体系のままになっているので、広く一般化した「マスサービス」しか提供できないことです。

だから、「みんなこれを使って」というようなサービスか、ものすごくお金持ちに向けたサービスに二分されてしまいがちでした。それは、収益性が折り合わないからです。

それが僕は本当に“イケてない”と思っていて。

だって、人それぞれのニーズがあるのに、お金を持った人じゃないとカスタマイズさせてもらえないんですよ。テクノロジーの台頭によって、僕はこれから金融サービスはカスタマイズできる世の中になっていくと思います。

僕たちは広くあまねく受けるサービスじゃなくて、一部の人にものすごく受けるようなサービスをつくりたいんです。

今までの金融機関ではそういうサービスを提供しようとすると、コストが折り合いませんでした。

だから、僕たちはテクノロジーの力を使って、それでも折り合うような運営方法をして、「課題が大きいけれど金融機関が手を伸ばせていないところ」にサービスを提供したいという思いはずっとありました。

そのなかで出てきたのが、「母子保険はぐ」でした。妊娠・出産にはリスクが伴うため、なかなか積極的な保険ってないなと感じていました。

それと同時に、「母子保険はぐ」の実現に向けて動き始めたタイミングで、僕の妻が「産後うつ」になってしまったんです。

もともと、「母子保険はぐ」で「産後うつ」を保障する予定はありませんでした。「産後うつ」の存在を知らなかったからです。

でも、妻が「産後うつ」になって、「うつ病」になったことのない人には「うつ病」に対する偏見があることもわかりました。産後うつを保障対象にすれば収益性には影響があるけれど、これは僕たちのサービスを通じてちゃんと社会に還元しないといけないと思いました。

こんなサービスがあるということを知ってもらうだけでも「産後うつ」のことを知るきっかけにもなりますし、この保険があれば、妊婦さんが安心して通院できる世の中になるんじゃないか。そう思い、「産後うつ」を保障対象としました。

スマホで申し込める母子保険はぐ=Finatextホールディングス提供
スマホで申し込める母子保険はぐ=Finatextホールディングス提供

――配偶者の方の産後うつをきっかけに、ご自身に起きた変化はありましたか

僕はこれまでの人生では、「前向きにどんどん押していく」というような生き方でした。

でも、「産後うつ」は何か押してどうにかなるものではなく、待つしかない。今までとは違う頑張りが必要になりました。

自分にとって大切なものとは何かを改めて見直すきっかけにもなりましたし、経営者としてのモデルチェンジもしました。

今までは全力で、「24時間365日やってるぞ」みたいに働いてきたんですけど、時間あたりの生産性を高めるようになりましたし、社員の健康をすごく意識するようになりました。

一生懸命頑張ってもらうのはありがたいのですが、体を壊してしまっては意味がありません。仕事だけではなく、プライベートも楽しんでもらいたいので、両立してもらうようにしています。

オンライン取材に応じる林良太さん
オンライン取材に応じる林良太さん

大企業ではなく、ベンチャーだから得られる“手触り感”

――会社員として働くことと、経営者として代表として働くことの違いはあると思いますか?

ないですね。

経営者として会社をリードしているのは全く偉いことだと思っていません。会社を率いていても、会社員でも、大事なのはやる気があるかどうか。

そのときに大事なポイントとしては、「好きでやっているか」ではないかと思っています。「好き」というのは、「没頭できるかどうか」ということが大事だと思います。

経営者として働くということは、事業方針の決定や社員のモチベーションの維持など、気にかけないといけないことが多いので、たしかに難易度は高いかもしれません。

でも、自分の仕事に誇りを持って没頭していることが大事なので、経営者でも会社員でも関係ないと思います。

――会社に所属しているからできることもあれば、できないこともあると思います

ドイツ銀行にいたままであれば、“歯車”ではありますが、大きい仕事はできますよね。

例えば、大手製薬会社による外資の買収案件は数千億円規模でした。でも、それって別に僕がいなくても成り立つんです。

起業したいま、もっと規模は小さいですが、すべてに自分がかかわっています。その“手触り感”が報酬としてあるように思います。自分の貢献の具合がすごくわかります。

大きな仕事をしたいんだったら大企業に行った方がいいと思います。

だけど、もっと“手触り感”が欲しい、自分の人生を楽しみたい、と思うのであれば、ベンチャーの方がいいのかなと思います。

でも、組織にいてもいなくても、「自分で選択する」ということが大事だと思います。

地位や名誉やお金などで物事を測ってしまうと、周りに選択させられてしまう。自分のやりたいことや自分にとって大切なものを自分で選べるといいなと思います。

――起業前にこれはやっておいてよかった、逆にこれはやっておけばよかったなと思うことはありますか

起業前にやっておいてよかったなと思うことは、プログラミングですね。

いまの時代、インターネットを使わないことはないと思うので、自分でプログラミングはできるようになっておいた方がいいと思います。

プログラミングだけではなくて、経理もできる方がいいと思います。

起業して会社が走り始めると、なかなか自分の苦手な分野を勉強できる時間がなくなってくるんです。

人に業務を発注するにしても、自分がある程度できるのとできないのでは全然違うので、時間のあるうちに本を読むだけではなくて、実際にやってみるとよいと思います。

僕自身、バランスシートは知っていても、実際につくったことはありませんでした。知識だけではなくて、とにかく自分でやってみることが大事だと思います。

プロフィール

林良太(はやし・りょうた)。東京大学経済学部卒業後、イギリス・ブリストル大学でコンピューターサイエンスを学び、2009年にドイツ銀行に入社。ヨーロッパ地域にて機関投資家営業などに従事し、2013年にヘッジファンドへ転じた後、2013年12月にFinatextを創業。

キャリア

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