江戸時代の画家は、なぜちぐはぐな京都の街を描いたのか? 日本美術の写実性を考える #6

江戸時代の画家は、なぜちぐはぐな京都の街を描いたのか? 日本美術の写実性を考える #6

オフタイム

「自分なりの視点」で世界を見つめ、「自分なりの答え」を生み出す“アート思考”がビジネスの世界で必要な力になりつつあります。美術教師の末永幸歩さんがアート思考を身につけるためのレッスンを展開します。今回は直感的な「みつめ方」について考えます。

こんにちは。美術教師の末永幸歩です。
物事を新たな角度でみつめ直す「アート思考レッスン」へようこそ。

早速ですが、想像してみてください。

あなたの目の前にテーブルがあり、そこにコップが乗っています。

このテーブルとコップを、よくみつめて写実的に描くとしたら、あなたならどんな絵を描きますか?

この場合、ポイントとなるのはテーブルの水平面と、コップの楕円形を、平行に揃えること。この水平が合わないと、ちぐはぐで稚拙(ちせつ)な絵に見えてしまいますよね。

私がデッサンをしていた学生時代には、自分が座っている椅子の足や、対象物の下にチョークで印をつけておき、視点がずれてしまうことがないように細心の注意を払っていました。

このように、「視点を1カ所に定めてみつめる」というのは、写実的に描くときの基本だと考えられています。

しかし、目の前のものを捉えるための方法は、実は他にもあるのです。

 

江戸時代の屏風絵は、ちぐはぐな視点で描かれている?

今回ご覧いただくのは、京都の景観が描かれた江戸時代の屏風「洛中洛外図(らくちゅうらくがいず)」(舟木本)。

「洛中洛外図屏風(左隻)」作者・岩佐又兵衛=<a href="https://www.tnm.jp/">東京国立博物館</a>所蔵
「洛中洛外図屏風(左隻)」作者・岩佐又兵衛=東京国立博物館所蔵

「洛中洛外図屏風(右隻)」作者・岩佐又兵衛=<a href="https://www.tnm.jp/">東京国立博物館</a>所蔵
「洛中洛外図屏風(右隻)」作者・岩佐又兵衛=東京国立博物館所蔵

洛中洛外図というスタイルの屏風絵は、戦国時代から江戸時代にかけて数多く制作されています。

さて、ここではこの絵を「どのような視点で描かれているか?」という観点で見ていきます。

視点に着目すると、この絵にはいくつものおかしな点があることがわかります。

1つ目は、「大きさ」について。
この絵に描かれている人々や建物は、全て同じような大きさをしています。
しかし、1つの場所から街を見渡した場合、自分の近くにあるものは大きく、遠くにあるものは小さく見えるはず。同じ大きさに見えることなんてありえません。

2つ目は、「細部の描写」について。
よく見ると、人物一人ひとりの着物の模様や、手にした小さな持ち物、微細な表情の違いに至るまで、非常に細かく描かれていることがわかります。
しかし、高い所から街を眺望した場合、どんなに視力がよい人であっても隅から隅まで細部が見えることはないはずです。

3つ目は、「角度」について。
建物を見てみましょう。屋根が見えていることから、斜め上から見下ろした様子であるとわかります。
一方で人物は、まるで画家がすぐ隣に立って真横から見たような角度で描かれています。建物と人物に向けられた視点が合っていません。

このように、画家の視点に着目してみると、この絵にはちぐはぐな部分が散見します。
そういう理由か、日本美術は西欧絵画と比較して「非写実的でデザイン的である」といわれることがあります。

ですが、本当にそう言い切ってよいのでしょうか。

「体でみつめる」 そのときに見える景色とは?

「視点を1カ所に定めてみつめる」という写実絵画の前提に立った場合、たしかにこの絵には整合性がないように思われます。

しかし、もしも画家が、体を使って京都の街を隅から隅まで歩き回り、様々な地点からみつめたらどうなるでしょうか。

人物を描くたびにその人の目の前まで行った場合、画家の目にはどの人物も同じような大きさに見えますし、細部まで鮮明に見えて当然です。

街の様子を詳細に描写するためには、画家が1カ所に立って眺望するよりも、こうしていくつもの場所に移動して観察した方が、よほど適しているのではないでしょうか。

一方で、街全体の位置関係を表すには、上空から見下した構図のほうが都合が良いはずです。

街中を歩き回ってみつめたものを、上空からの眺望と組み合わせ、画面の中で再構成した――。それが、「洛中洛外図」なのです。

このように考えると、この絵は「非写実的でデザイン的である」とはいい切れないように思えてきませんか。

「体をつかって様々な位置からみつめる」というのは、「視点を1カ所に定めてみつめる」とは全く別の形の「写実」であるといえるのではないでしょうか。

「写実的に描く」の正解は1つではない

この記事の冒頭で、「テーブルとコップをみつめて写実的に描くとしたら?」と問いかけました。

視点を定め、テーブルの水平面と、コップの楕円形を平行に揃えて描く、遠近法的な描き方だけが、この場合の正解ではないのかもしれません。

たとえば、テーブルの周りを歩き回ったり、コップに顔を近づけたり、遠ざけ見てみたり……。

いくつもの視点が入り混じった絵ができたとしても、それは「体を通してみつめた写実的な絵」といえるのではないでしょうか。

既存のものの見方を疑って、自分なりのものの見方をつくる「アート思考」。ぜひ日常に取り入れてみてはいかがでしょうか。

 

(このコラムは月1回掲載予定です)

オフタイム

働くあなたへ シネマサプリ

「コンビニ限界説」に挑む

起業のトビラ