オフィスビルや商業施設などの総合的な運営管理を行う、三菱地所プロパティマネジメントが4月から、転居先でも元の勤務地での仕事を続けられる“あたらしい転勤”を制度化させた。実際に社員1人が、仙台に住みながら、東北支店のオフィスからリモートで“丸の内”勤務をしているという。なぜ“あたらしい転勤”を導入したのか? そのきっかけや狙いを聞いた。
きっかけは営業担当の女性たち “転勤=転居”という当たり前をなくしたい
三菱地所の子会社、三菱地所プロパティマネジメント(東京都千代田区)は、オフィスビルや商業施設などの総合的な運営管理を手がけている。“動かない”ものである不動産を扱う会社で、4月から制度として導入したのは、“あたらしい転勤”だ。
「現場第一」が根づいているという会社で、なぜ制度化まで実現したのか?
きっかけになったのは、営業担当の女性社員たちの思いだった。
新型コロナウイルスの感染が広まる前の2019年9月。中央営業管理部の吉野絵美さんたち6人の営業担当の女性社員が、ある実験を行った。
東京本社所属のまま、大阪や名古屋に1カ月間滞在。大阪支店や名古屋支店に出社し、リモートで東京の業務をこなせるかどうか、どうしても現地にいなくてはならない業務は何か、洗い出す実験だった。
プロジェクトの名前は「あたらしい転勤 はじめました」。
転居しなくても、転勤先の業務をこなしたり、転居先で元の勤務地での業務をこなしたりすることをめざすものだ。
実験の結果、それまで全体の50%を占めていた「現地マスト」業務は、社内や顧客とのミーティングをウェブ会議で行ったり、紙の書類を電子化したりすることで、5%まで抑えられることがわかった。実験前に45%程度だった「遠隔で可能」としていた業務は、85%にまで上ったという。
なぜ、「あたらしい転勤」をはじめようと思ったのか――。
吉野さんは「“転勤=転居”という当たり前を壊していきたいという思いがありました」と話す。
夫婦共働き世帯が増加するなか、夫の転勤を理由に退職したり、自身の転勤を理由にキャリアをあきらめたりする女性社員をなくしたい、という思いからだった。
「たとえば夫婦で同じ会社であれば何らかの対応ができるかもしれませんが、配偶者が別の会社であった場合、その会社の転勤制度はなんともできない。でも、そんな時にこの“あたらしい転勤制度”があれば、配偶者の転勤を機に退職したり、キャリアをあきらめたりしなくてもすむと思いました」
今年4月に制度化 仙台に暮らしながら“丸の内”勤務が実現
吉野さんたちの「あたらしい転勤」の取り組みは、実験で終わらなかった。
実際に「あたらしい転勤制度」の導入を求め、社長に提言。その後、2020年にも追加で実証実験を行うことに。2019年の実験に参加していない部署のメンバーを選び、再び遠隔地のオフィスに勤務しながら、現地にいないことのメリットやデメリットを精査した。
2度の実験結果をふまえ、制度化に向けて社内で検討。「あたらしい転勤」を「転勤辞令を受けた社員が、働き方の選択肢の1つとして、『転居を伴わず遠隔地の業務を行う』働き方を選択できること」と定義し、どのようなシーンで制度の利用が想定されるかをパターン化した。
その結果、まずは、
「配偶者が転勤となり、一緒に転居したいがいまの業務を続けたい」
「転勤で離れていたが、親の介護が必要となり、東京に戻って働きたい」
という2パターンについて、2021年4月から制度化が実現されることになった。
働き方改革推進部の幅愛弓さんは「まずはいまの職場での人間関係がすでにあるパターンからはじめようということになりました。転勤辞令を受けて、転居せずに新しい職場で働くパターンは今後も引き続き検討していきたい」と話す。
幅さんによると、実際にこの制度を利用している社員がいるという。夫が仙台に転勤となり、離職も考えていたという30代の女性社員が4月から、東北支店に出社しながら、リモートワークで丸の内の仕事を続けているという。
「貴重な人材を失わずにすみました」(幅さん)と話すように、会社にとっても人員の確保や人材の多様性を保つ――などのメリットもある。
「あたらしい転勤」が会社にもたらした変化
「あたらしい転勤」が広まったことで、社内にも変化が起きつつあるという。
幅さんは「実証実験をやって、さらに制度化までこぎつけたことで、若手社員から『ボトムアップの提案が通るんだ』というポジティブな評価がありました」と話す。
また、比較的リモートワークがしやすい営業管理系の職種だけではなく、現場での業務が多い設備保守などの技術系の職種の社員たちも、自主的にリモートで可能な業務を洗い出すなど、意識が変わりつつあるという。
新型コロナウイルスの感染拡大の収束は見通せない状況が続いている。三菱地所プロパティマネジメントでも、今後もオフィスワークと合わせて、リモートワークも続けていくという。
吉野さんは「オフィス、家、コワーキングスペースなど、働く場所の選択肢が増え、働き方の選択肢も広がっている。働く場所であるオフィスを提供している不動産会社の私たちが、率先して新しい働き方を実践していきたい」と話している。