【6月24日】32年前、歌手の美空ひばりさんが死去

【6月24日】32年前、歌手の美空ひばりさんが死去

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「実は10年前のきょう…」「きょうはこんな日なんですけど…」。取引先との雑談や、プレゼンの冒頭、社内の朝礼など、日々のビジネスシーンでのちょっとした会話のきっかけになる話題の“タネ”を紹介します。

32年前の1989年6月24日、歌手の美空ひばりさんが死去しました。

戦後の歌謡界で「女王」と呼ばれた絶対的存在ですが、若い世代にはなじみが薄いかもしれません。

何がそんなにすごかったのでしょうか。 

横浜高島屋で開かれた「大黄金展」で、金箔貼りの美空ひばり像に見入る人たち=2016年、朝日新聞社
横浜高島屋で開かれた「大黄金展」で、金箔貼りの美空ひばり像に見入る人たち=2016年、朝日新聞社

ひばりさんは1937年、横浜市磯子区の魚屋に生まれました。

9歳で初舞台に立ち、12歳で歌手デビュー。

立て続けに映画に主演し、主題歌を次々にヒットさせたことで、歌える子役としてスターの座に駆け上がります。 

 


ひばりさんが24歳だった1962年5月の朝日新聞の記事には「芸能雑誌が主催する人気投票で、いまも映画スターと歌手の両方で第一位」とあり、その人気ぶりがうかがえます。

幼少期に特別に歌の勉強をしたわけでもなく、独特の庶民性が人気の源泉だと記事は分析しています。

34歳だった1971年9月の記事では、尊敬する歌手や舞台女優を聞かれ、「歌手はいません、日本では」と答えています。

歌に対する揺るぎない自信が伝わります。 

美空ひばりさんの人気の理由に迫った1962年5月27日付朝日新聞朝刊(東京本社版) の記事
美空ひばりさんの人気の理由に迫った1962年5月27日付朝日新聞朝刊(東京本社版) の記事

しかし49歳だった1987年4月、大たい骨骨頭壊死と慢性肝臓病などで急きょ入院となります。

再起不能とまで言われ、この頃は入退院をめぐる動きが逐一ニュースになりました。

翌1988年には「不死鳥」の名を冠したコンサートで復活をアピール。

ですが再び体調が悪化し、1989年6月24日、帰らぬ人となりました。 

 


死去を報じた当時の記事によると、ひばりさんが吹き込んだのは1200曲、売り上げはレコードなど6800万枚、総額1002億円に達し、出演映画は107作品を数えたそうです。

生前、暴力団とのつながりも指摘されましたが、功績の方が大きいなどとして、翌7月に国民栄誉賞が贈られました。 

2019年末のNHK紅白歌合戦に登場した「AIひばり」について書いた2020年3月14日付朝日新聞夕刊(東京本社版) の記事
2019年末のNHK紅白歌合戦に登場した「AIひばり」について書いた2020年3月14日付朝日新聞夕刊(東京本社版) の記事

最近では2019年、最新の人工知能技術でよみがえった「AIひばり」が紅白歌合戦に登場。

「感動した」「故人への冒瀆(ぼうとく)」などと賛否が巻き起こりました。

死後30余年を経てなお大きなひばりさんの存在感を表すできごとと言えそうです。 

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