【5月29日】84年前、美空ひばりさん誕生

【5月29日】84年前、美空ひばりさん誕生

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「実は10年前のきょう…」「きょうはこんな日なんですけど…」。取引先との雑談や、プレゼンの冒頭、社内の朝礼など、日々のビジネスシーンでのちょっとした会話のきっかけになる話題の“タネ”を紹介します。

「リンゴ追分」「柔」「悲しい酒」「愛燦燦(あいさんさん)」……。
数多くのヒット曲を歌い、昭和の歌謡界で「女王」と言われた歌手、美空ひばりさん。
5月29日は、ひばりさんの誕生日です。

美空ひばりさん=1988年4月、東京都内、朝日新聞社
美空ひばりさん=1988年4月、東京都内、朝日新聞社

84年前の1937年(昭和12年)、神奈川県横浜市磯子区で鮮魚商の長女として生まれました。
幼い頃から音楽が好きで、小学2年生の時、父が結成した楽団で歌い始めたそうです。
9歳で初舞台に立ち、1948年から「美空ひばり」を名乗りました。
1949年、12歳の時に映画「悲しき口笛」で初主演。同じ名前の主題歌も大ヒットしました。
その後、「東京キッド」「伊豆の踊り子」などの主演映画と、その主題歌が次々とヒット。“天才少女”の歌声は、戦後復興にわく日本の街中に流れ、瞬く間に国民的スターの座に駆け上がりました。

コンサートで歌う美空ひばりさん=1988年、東京ドーム、朝日新聞社
コンサートで歌う美空ひばりさん=1988年、東京ドーム、朝日新聞社

しかし――。
1989年6月24日、ひばりさんは間質性肺炎による呼吸不全のため、52歳の若さで亡くなりました。
元号が昭和から平成になって半年後のこと。朝日新聞は夕刊の1面トップで、このニュースを報じました。

朝日新聞は夕刊1面トップで美空ひばりさんの死去を報じた
朝日新聞は夕刊1面トップで美空ひばりさんの死去を報じた

東京都内の自宅で営まれた通夜には芸能関係者ら約1000人が弔問に訪れ、スピーカーからひばりさんのヒット曲が流されていたそうです。

敗戦の焼け跡に彗星のように降り立ち、昭和の行く末を見届けたかのように亡くなったひばりさん。
昭和という時代は、ひばりさんの歌声とともにありました。
亡くなった後、ひばりさんには女性では初めてとなる国民栄誉賞が贈られました。その授賞理由には、「真摯な精進 歌謡曲を通じて国民に夢と希望を与えた」とありました。
52年の生涯のなかで、レコーディングをした曲は約1500にのぼると伝えられています。

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