子どもの頃の遊びが今の仕事に。よしお兄さん流「好き」をカタチにする方法

子どもの頃の遊びが今の仕事に。よしお兄さん流「好き」をカタチにする方法

キャリア

NHK・Eテレ「おかあさんといっしょ」で、第11代体操のお兄さんを歴代最長の14年務めた「よしお兄さん」こと小林よしひささん。2019年の卒業後はタレント、体操インストラクターとして活動中です。「人生100年時代」には、副業ならぬ「複業」の考え方が必要だと小林さんは言います。その心は。

近年耳にする機会の増えた「人生100年時代」。これは「医療の発達や栄養状態の改善などにより寿命が伸び、働き方や生き方が変化する」ということだそうです。そう聞くと「変わらないといけない!」と感じる人もいるかもしれません。

しかし、私自身がチャレンジしている「副業」ならぬ「複業」という考え方を持つことで、「人生100年時代」をポジティブに捉えられるかもしれません。

このコラムでは「体操のお兄さんになるまで」「体操のお兄さんとして経験したこと」「『おかあさんといっしょ』を卒業した現在とこれから」について3回に分けてお話しすることで、「複業」の考え方をお伝えしたいと思います。

 

映画見て「なりきり」、ごっこ遊びに夢中

まず、生まれてから「体操のお兄さん」になるまでのお話をしたいと思います。なぜなら、私の思う「複業」の考え方に大きく影響を与えているからです。

生後3カ月ごろの筆者=写真はいずれも本人提供
生後3カ月ごろの筆者=写真はいずれも本人提供

1981年6月29日生まれ。埼玉県ふじみ野市(旧大井町)出身。おとなしくて泣き虫、外で遊ぶのが大好きな子どもでした。

 

ある日の夜、母が「ここに座って、今から始まる映画を見なさい」。もう寝る時間でしたが、「何だろう?」と不思議に思いつつ、テレビの前に座り映画を見ました。

その映画のタイトルは「スパルタンX」。ジャッキー・チェンのアクション映画でした。母は、私が普段遊んでいる姿を見て、きっと気に入ると思ったそうですが、これが見事に的中。次の日から「ジャッキー・チェンごっこ」が始まりました。

その後も、他の「ジャッキー・チェン」の映画はもちろん、キョンシーや忍者映画など、いろいろ観ては、なりきって遊んでいたそうです。

幼稚園の持久走大会での1コマ。持久走は苦手だったが、負けず嫌いで10位入賞 。
幼稚園の持久走大会での1コマ。持久走は苦手だったが、負けず嫌いで10位入賞 。

 

体操との出会いは小学校2年生の頃。きっかけは姉でした。姉はアニメ「タッチ」で、ヒロインがリボンを回しながら新体操をするシーンを見て、「私もやりたい」と母にお願いしたそうです。

母は、新体操の教室ではなかったものの地域にある体操教室を探し、姉にリボンを渡して通わせることにしました。そこに私もついていくことになり、体操と出会うことになりました。

姉と通った近所の体操教室。体操と初めて出会う。
姉と通った近所の体操教室。体操と初めて出会う。

この体操教室はオリンピックでやるような体操競技を教えるのではなく、運動遊びに近い教室でした。体操教室の先生は、日本体育大学出身の町職員の方で、体操する姿がとてもカッコよく、私の憧れの存在になりました。

 

体操部に入部、運動と研究を両立

子どもの頃に始めたスポーツはもう一つありました。剣道です。

剣道にも自分の好きな要素がたっぷりありましたし、何よりたくさんのことを学びました。礼節、忍耐、続けることの大切さ、「守破離(しゅはり)」という大好きな言葉とも出会いました。

体操教室は小学生までだったので、中学・高校では剣道を続けました。高校2年生の時、県大会でベスト16に入り、国体候補選手に選ばれました。しかし、国体選手を決める大会ではボロ負け。悔しい思いをして、どうしたら勝てるのだろうと考えました。

中学1年ごろの剣道部での様子。中央右で竹刀を持つのが筆者。型を学び、ようやく様になってきた。
中学1年ごろの剣道部での様子。中央右で竹刀を持つのが筆者。型を学び、ようやく様になってきた。

みんなと同じ稽古内容では勝てないと思い、自分でトレーニング方法を研究することにしました。図書館で専門書を読んだり、他の武道の大会を見に行ったり。気づくとトレーニングの研究が大好きで、「もっと勉強したい」と思うようになり、日本体育大学へ進学しました。

 

大学ではトレーニングの研究に没頭しようと考えていました。でも、まだ体は動くし、どうしようか悩んでいたところに出会ったのが体操部でした。日体大には、体操競技部というオリンピック競技の体操競技の部活と、体操部という競技性のない体操の部活があり、後者の体操部に入部することに決めました。

体操部は、徒手体操、手具体操、組立体操、組体操、器具体操という体操の五つの要素を組み合わせ、団体で演技をする部活で、学生同士で練習内容を決めたり指導したりします。つまり、自分で研究して練習するのです。私が求めていた、体を動かしながら体のことを研究できる部活でした。

 

そんな体操部へ入部して気づいたことが二つありました。一つ目は、子どもの頃に通っていた体操教室の憧れの先生が、この体操部の卒業生だったこと。もう一つは、この体操部の卒業生から「体操のお兄さん」になった方が3名いるということでした。

子どもの頃に「おかあさんといっしょ」は見ていましたが、改めてここで「体操のお兄さん」と出会いました。でも、そこで「よし! 体操のお兄さんを目指すぞ!」とはなりませんでした。

大学2年時の演技発表会。左奥で宙返りしているのが筆者。
大学2年時の演技発表会。左奥で宙返りしているのが筆者。

 

引率したオーディション、受けてみたら……

体操部の新入生歓迎会の時のことです。第8代体操のお兄さんの瀬戸口清文さんが駆けつけてくれました。会の中盤、「緑の風と青い空」という手話ソングを、私たち学生に教えてくれました。そこにいるみんなが童心に帰り、優しい空気に包まれたことを今でも覚えています。「体操のお兄さんってすごい」。そう素直に思いました。体操のお兄さんには、そんな素質のある人がなるのだなと思ったからです。

その後4年間、体操部の練習と大学生活に明け暮れました。大学卒業後は、体操部の主将をしていたこともあってか、体操の研究室の助手及び体操部のコーチのお誘いをいただき、大学に就職しました。助手のお仕事は大変でしたが、毎日、大好きな体操を中心とした充実した日々でした。

 

その1年後、体操部に「体操のお兄さん」のオーディションの話が来ました。希望した学生の引率をすることになりましたが、研究室の先生から「せっかくだから、小林も受けてみたらどうだ」と提案していただきました。「人生でオーディションを受ける機会なんてなかなかないし、これも経験! 受けてみよう!」ということで、学生の引率がてらオーディションを受けることにしました。

すると、1次に受かり、2次、3次、気がつくと5次審査を終えて、オーディションに合格することができました。

 

「好き」のパワーは侮れない

長々と私の半生をお話ししてきましたが、改めて今回のタイトルを振り返りましょう。

「子どもの頃の遊びが今の仕事に」

外で遊ぶことが大好きで、ジャッキー・チェンと出会い、さらに運動が好きになり、体操と出会い好きになり、剣道を始めたことでトレーニングが好きになり、それにより進路が決まり、再び体操と出会い、のめり込んでいく。そして大好きな体操が「体操のお兄さん」への道をつなげてくれたのです。

大学2年時の演技発表会。手前で開脚して上を向いているのが筆者。
大学2年時の演技発表会。手前で開脚して上を向いているのが筆者。

 

今、改めて振り返ると、私は常に「好き」「興味のあること」を選択して生きてきたようです。これからの世の中、他と違うこと、自分ならどうするか、そんなことが求められていくでしょう。

そんな世の中では、「遊び」つまり「好き」「興味がある」といったことが生きる鍵になるはずです。「好き」「興味がある」=「仕事」という考えが、後にお話しする「複業」に大きく影響してきます。

大好きな「ジャッキー・チェンごっこ」のおかげで今の職業につけて、健康や趣味にもつながっています。「好き」のパワーは侮れませんよ。

好きをつなげて生きる。次回は、「体操のお兄さん」時代のお話をしていきたいと思います。

 

(次回は6月中旬掲載予定です)

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