一線を越える「宇宙非行士」のはなし

一線を越える「宇宙非行士」のはなし

テクノロジー

「限界集落から宇宙へ」を合言葉に、広島県北広島町を拠点に宇宙の魅力を発信する井筒智彦さんが、次のビジネスのヒントになるかもしれない「宇宙のこと」を伝えます。初回のテーマは宇宙飛行士です。

宇宙飛行士という人たち

「一線を越える」とは、なんだか刺激的な言葉だ。

広辞苑によると、「けじめや限界を越える」ことらしい。JAXA(宇宙航空研究開発機構)がやろうとしていることは、なるほど、一線を越えている。

なんのことか、宇宙飛行士のことである。

2021年秋、JAXAが新しい宇宙飛行士を募集する。13年ぶりのことだ。のんびり暮らす地上の人を、生身が一瞬で死身になる極限環境の宇宙へ放り込む。そのための、ぶっ飛んだ選抜が行われるのだ。

優秀な人材を選ぶだけのいけ好かない話だと思っていないだろうか。そんなことはない。もしかしたら、あなたの周りの人や、あなた自身にも、縁があるかもしれない。そんな身近な話なのだ。

いったい、宇宙飛行士とは、どんな人なのだろうか。

宇宙飛行士のこなす仕事は、中間管理職のようだと言われる。卓越したコミュニケーション能力でチームをまとめ、リーダーとして引っ張るだけでなく、フォローにもまわる。

体力、注意力、問題解決力……

そこらへんにある「〇〇力」と名のつくものは、だいたい身につけている(吸引力や超能力は、少ないかもしれない)。

栄養バランスの五角形の整ったコーンフレーク(ただし牛乳を含む)のように、脂質、ではなく、あらゆる資質がバランスよく備わってなければならないのだ。なぜなら主な職場である国際宇宙ステーションは、あまりにも危険な環境だからだ。

一寸先は闇どころか、宇宙ステーションの最も薄い部分は、一寸(3センチ)をはるかに下回る、たったの5ミリ。宇宙ステーションの周りには、宇宙ゴミと呼ばれる役目を終えた人工衛星の破片が、弾丸よりも速いスピードで飛び回っている。

といっても、まったく無防備なわけではない。宇宙ステーションはアルミニウム合金で覆われている。1センチ以下の小さな宇宙ゴミであれば、当たっても平気である。一方、10センチ以上の大きな宇宙ゴミは地上から監視しているので、場合によっては宇宙ステーションの軌道をずらしてよけることができる。

恐いのは、その間。

手のひらサイズの宇宙ゴミは、監視できず、当たると穴があく。ボクシングで言えば、ガードの上から打たれるジャブは効かず、大振りのフックはかわせるが、ガードの隙をつかれたストレートはこたえる、といった感じだ。

いざ宇宙ステーションに穴があくと、およそ3分で空気が外へ漏れ出てしまう。警告音が鳴ったら、素早く穴を見つけてふさぐか、あるいは部屋ごと隔離するかを判断し、対処する。

宇宙飛行士とは、チームをまとめる中間管理職であり、資質バランスのとれたコーンフレークであり、トラブルが起きてもなんやかんや3分で解決しちゃうウルトラマンであった。すごい。全然、身近じゃなかった。

宇宙飛行士の「3大事件」

本題はここからだ。

宇宙飛行士は、初めから宇宙飛行士だったわけではない。訓練と鍛錬で磨かれていったわけで、元は同じ人間なのだ。それがわかる3つの事件を紹介しよう。

『宇宙タマネギ事件』

ロシア人宇宙飛行士Aは、あまりの空腹に耐えられず、植物実験用のタマネギを食べてしまった。あろうことか、その事実を隠し、「タマネギから芽が出ている。実験は成功した」と嘘の報告をした。無重力下でもタマネギは発芽するという世紀の大発見として騒ぎになった。

『オムツ襲撃事件』

アメリカ人女性宇宙飛行士Bは、同僚の男性宇宙飛行士とダブル不倫の関係にあった。2年ほどの恋が冷めつつあるころ、男性宇宙飛行士から新しい恋人ができたと告げられる。嫉妬したBは、1500kmも離れた地まで車を走らせ、恋敵を襲撃した。Bは逮捕され、NASAを解雇された。車の走行中、Bは休憩なしで直行できるようにオムツをはいていたらしい(宇宙飛行士は数時間にも及ぶ船外活動中にオムツをはく)。

『宇宙とり皮事件』

日本人宇宙飛行士の最終選抜試験に挑んでいたCは、食事に出された鶏肉の皮を残した。減点になることを恐れたのか、Cは残したとり皮を小皿の下に隠した。もちろん試験官にはバレバレ。しかし、その点以外で極めて優秀だったCは宇宙飛行士として選抜された。とりの皮だけでなく、首の皮も残したのだった。

隠蔽、虚言、嫉妬、憤怒、見栄……

そう、宇宙飛行士にだって、煩悩はあるのだ。もはや、「宇宙非行士」ともいえるくらい、とんでもないことをしでかすこともある。

決して、宇宙飛行士を辱めるつもりでこれらのエピソードを紹介したのではない。宇宙飛行士は、心のない機械ではない。血の通った人間だ。私たちと同じ人間が、欲望をコントロールしながら、人類の未来のために命を懸けている。なんと尊いことだろう。

人間、完ぺきじゃなくていい

伝えたかったのは、「完ぺきじゃなくていいよね」ってことだ。人間は、万能じゃない、煩悩にまみれているのだ。己の不完全さを自覚しつつ、できるだけ折り合いをつけながら、日々歩んでいく。

少しでも成長できたら、少しでも人の役に立てたら、御の字。よほどの迷惑をかけていけなれば、たいていのことは、まぁいいんじゃないのかなぁ。

やりたいことがあるのに、自信がない。宇宙に憧れているのに、自分には無理だと諦めている。そんな人へのエールになればいい。足りてなくていいし、失敗していいし、格好悪くていい。

と、いうことで、人様の粗を晒すような不完全極まりない筆者も宇宙飛行士の試験を受けてみようと思っている。

広辞苑の「一線を越える」には、続きがあった。「現状を変えるような思い切った行動をする」と。どうですか。ちょっくら、一線を越えてみませんか。

 

(このコラムは月1回掲載予定です)

テクノロジー

わたしのジョブチェンジ

ロングセラーの秘伝

リーダーの若手時代