TBSアナウンサーを辞め、絵本作家に。「安定」を手放した伊東楓の選択

TBSアナウンサーを辞め、絵本作家に。「安定」を手放した伊東楓の選択

キャリア

アナウンサーとして5年間勤めたTBSを2021年2月末に退社し、絵本作家を目指してドイツに移住することを決意した伊東楓さん(27)。3月には自身初の絵詩集「唯一の月」を出版しました。「小学6年生の頃から憧れだった」というアナウンサーを辞め、絵本作家を目指すという決断にいたった伊東さんの思いやキャリアについての考え方を聞きました。

変化の大きな時代に生きる私たちの働き方はより柔軟になりつつあります。あなたは、どう働く? そのヒントとなりうる、新たな分野に“転身”して活躍する方々のいまを伝える企画です。

大きなものを手に入れるために、手放す。だから、「安定」を捨てた

――2021年1月にTBS退社をラジオ番組で公表しましたが、いつ転身を決意したのですか?
「よし、辞めよう!」と決意したのは、ちょうど1年前ごろでした。でも3年前くらいから、「自分はアナウンサーのキャリアだけで終わらないのかな」という思いはありました。そのときは絵本作家や絵詩集の出版なんて、まだ何も見えていなかったのですが。

2020年2月ごろ、慕っている中居正広さんと坂上忍さんと共演していたバラエティ番組2本が終わることになりました。大切にしていた番組から離れることになり、「これは自分の人生をしっかり考えるタイミングが来たな」と思いました。

良くも悪くも会社員なので、ある番組が終わったら、また新しい番組をやって…という繰り返しなんです。そこに抵抗感はありました。「ここにいて、これ以上のことがあるんだろうか?」と思うほど、バラエティ番組もラジオ番組も全力で取り組んできましたし、「やりきった」という思いもありました。

取材に応じる伊東楓さん=東京都文京区、竹下由佳撮影
取材に応じる伊東楓さん=東京都文京区、竹下由佳撮影

――組織にいると安心感もあるし、組織にいるからできることもあると思いますが、そこを飛び出せた理由は?
私は、アナウンサーという世の中で安定していると見られている職業を手放すこと自体に価値があると思います。

手放したものが大きければ大きいほど、その分自分のなかに空くものが大きい。だから、空いた分だけ、新しいものが入ってくるじゃないですか。それを期待して、辞めました。大きなものがほしかったら、それと同等のものを手放さなきゃいけないと私は思っています。

自分のキャパシティや時間、人脈も、無限ではありません。すべてをずっとキープし続けることはできないですよね。だったら、自分が大きな夢に目覚めて、それを欲しいと思ったら、それと同じだけ大きなものを手放さないと手に入らないだろうと思いました。

でも、自分ひとりで「会社辞めよう」と決めたんですが、やっぱりちょっとは不安でした。そんな時、(番組で共演していた)伊集院光さんや坂上忍さんに決意を伝えに行くと、「人生失うものなんかそんなにないよ」「僕ができなかったことをやろうとしていることを尊敬しているし、頑張ってほしいからずっと応援してる」と言ってくれたんです。それで、確かなものになったと思います。

画面の前で作り笑顔をして、清楚な服を選ぶ。見た目を気にする自分が好きじゃなかった

――もともとアナウンサー志望だったのですか?
はい。小学6年生の頃にテレビ番組で(元日本テレビアナウンサーの)西尾由佳里さんを見て、「知的で可愛くてかっこよくて、こんなパーフェクトな女性がこの世にいるんだ!」と思ってすごく憧れていました。

でも、大学2年生のときにミスコンに出場したのですが、「私は表舞台に向いてないな」と思ったんです。直前に出場を辞退した子がいて、私に声がかかりました。ミスコン自体は楽しかったですが、1位を目指して投票数を稼いだり、「あの子よりもここが自分のセールスポイントです」とアピールしたりすることが、私は好きじゃなかったんです。

常に誰かの評価やものさしで測られながら、誰かと比べながら生きていくというのが、私には向いてなくて。ミスコンの活動を通じて制作側に興味が湧いて、実は就職活動は広告代理店を中心に受けていました。

でも、「小学生の頃から憧れていて、受けずに終わるのはもったいないよ」と知人にすすめられて受けたら、TBSに入社できることになったんです。

ミスコンって、アナウンサーとちょっと似ていると思います。だから「登竜門」とも言われるんだろうなと思うんですけど、たくさんの票を集めるということは、万人から好かれるルックスやふるまいができる。そして、常にみんなに見られて、みんなから評価される。そういうところが、私には合わなかったんだろうなと思います。

――ミスコンに出場して覚えた違和感を、アナウンサーになってからも抱いていた?
いま振り返ると、似てるなと思います。あのころ自分が嫌だったものが、少なからず(アナウンサー時代にも)あったんだと思います。

もちろん、入社してからの仕事は楽しかったです。普通に生活していたら味わえないような体験をしたり、会えないような人にも出会えたりしましたし、伊集院光さんをはじめ、応援してくれる人たちに出会えたのも、アナウンサーをやっていたからなので、すごく感謝しています。

ただ、画面の前で作り笑顔をしている自分も、アナウンサーっぽい清楚な服を選ぶ自分も、常に見た目を気にしていることも、全く好きじゃなかった。

そんな自分を見たくなくて、自分の出ている番組のオンエアを見なくなりました。1年目は、周りからどう思われているのか、すごく気にしていましたが、コメントを見たり、ネットで自分の名前を調べたりすることもやめました。

帰宅後、無心で描いた絵。「自分を出せる」ことで、楽になれた

――絵は元々得意だったんですか?
小学生のころから得意な方だったと思います。母にすすめられて、大学生の時に「似顔絵師」の資格も取りました。それをプロフィールに書いていたら、3年目のとき、バラエティ番組のプロデューサーが目を付けて、「似顔絵を描く役、どう?」と声をかけてくれました。

「中居くん決めて!」という番組で、出演者の似顔絵をホワイトボードに即興で描いてコメントをメモする役を任されました。そこから、「テレビにも出るし、絵の勉強をしよう」と思い、独学で毎日絵を描き始めました。

アナウンサーの仕事ではないですよね(笑)。でも、仕事からどんなに遅く帰ってきても、絶対に絵を描くという習慣ができるほど、癒やしというか、ストレス発散になっていました。それほど自分が無心になれるものに出会えたことを幸せに思います。

取材に応じる伊東楓さん。「染めてきたばかり」と話してくれた髪色は「ピンク」だった=東京都文京区、竹下由佳撮影
取材に応じる伊東楓さん。「染めてきたばかり」と話してくれた髪色は「ピンク」だった=東京都文京区、竹下由佳撮影

――アナウンサーとして働いた経験は、絵を描く仕事にどう生きていますか。
良くも悪くも、テレビ番組やラジオ番組をやっていると、「一面的なもので判断される」という感覚がずっとあったんです。「なんでこんなにも真実って見えないんだろう?」という違和感がありました。

本当はみんなに期待されるものになりたくて、応えたかったんですけど、アナウンサーという「型」にも、会社という「型」にもはまれない自分がいました。そのときの気持ちや、自分のやっていることが心とずれていく感覚や葛藤を、ノートにつづっていたんです。

そこに「絵」という手段ができて、「自分を出せる」ことで楽になれたと思います。それが、今回出版した本にもつながっています。もちろん、言葉が好きだから詩を書くし、言葉が好きだからアナウンサーになったと思うので、そこはつながっていると思います。

伊東楓さんの著書「唯一の月」
伊東楓さんの著書「唯一の月」

――2020年4月から、自身のインスタグラムで絵の投稿を始めました。
初めて自分の絵に詩を載せて公開するときは本当に怖かったです。今まで見せてこなかった本音を初めてさらけだすから、もしかしたらすごくたたかれちゃうかな…とも思いました。

だけど、周りにいてくださったファンの方々が温かくて、それも含めて私だと受け入れてくださったのはすごく勇気になりました。

 
 
 
 
 
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いま、生きづらさを感じて抜け出したい。そんな人にこそ

――伊東さんのように、ポジティブに一歩を踏み出すにはどうしたら?
誰もが年も重ねていくし、家族を持ったり、子どもができたり。状況がどんどん変わっていくなかで、ずっと同じ場所にはなかなかいられないから、いまの自分に合っている選択をしていかなきゃいけないと思います。

でも、私は「安定」を選んでも正解だと思うんです。「外」に出ることが素晴らしいことだとは思っていなくて、私もアナウンサーとして相性がよくて、TBSにいられるならずっといたかったですし。自分の心がしっくりくるところに行けばいいと思っています。

――会社員だと、「会社の中でどうなりたいか」を求められますよね。
そんなの無視です(笑)。私は、聞かれたら「わかりません」と答えていました。だって、会社の中でどういうアナウンサーになりたいか、どういう番組をやりたいか、自分が目指す像が見えなくて、わからなかったから。

でも、それが一番自分の心が健康であることじゃないですか?なにか取り繕って言うより、「わかりません。だから一緒に探りませんか」と言う方が、「これをやってみたら」とチャンスを与えてくれると思うんですよね。

上司や他人から、「こうした方がいい」「ああした方がいい」と言われて、それに従ったとしても、自分が心の底からそれをいいと思えなかったら、何のために生きているのかわからなくなると思います。

――著書に込めたメッセージを教えてください。
組織など何かから抜け出したいと思っている人に向けている言葉をつづっています。私もみんなと同じように生きづらさを感じて葛藤して、でも、一部かもしれないけど自分の味方になってくれる人がいて、そういう人たちがいたから私はいますごく未来に希望を持っているんです。

伊東楓さんの原画展。約40枚の作品が展示され、訪れた人たちが見入っていた=東京都港区、竹下由佳撮影
伊東楓さんの原画展。約40枚の作品が展示され、訪れた人たちが見入っていた=東京都港区、竹下由佳撮影

だから、すごく厚かましい言い方かもしれませんが、私が伊集院光さんや坂上忍さんからかけられた言葉に救われたように、この本が、読んだ方の救いになってくれたらいいなって思っています。だから、私がいま思っていることを、包み隠さず書きました。

私はすごく幸せなことに、端から見たら華やかでとても幸せそうに見えるアナウンサーという職種に就けました。だけど、みんなに言えない苦しみや葛藤を抱えていました。それを知ってもらうことが、勇気につながってくれたらいいなと思います。

伊東楓さんの人生の「満足度」は…?

TBSに入社できたのはすごく幸せでしたし、その後3年目で関わったバラエティ番組で絵を描く仕事を任されて、いまにつながっているので、ずっと上がってきていると思います。

 

いまの満足度は99%。100%まで、1%の余地を残しておきます!

自身の原画展を開いた伊東楓さん。この日の髪色は「ホワイト」になっていた=東京都港区、竹下由佳撮影
自身の原画展を開いた伊東楓さん。この日の髪色は「ホワイト」になっていた=東京都港区、竹下由佳撮影

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